November 30, 2024

Carr Graphic 42nd(blog-21) 青銅ランプの呪 / Curse of the Bronze Lamp (1945)


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CurseofBronzeLamp


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〈あらすじ〉
 イギリスの考古学者たちがエジプトで発見した王の墓。そこには呪いがかけられていると言われ、調査隊を率いたひとりジルレー教授は蠍の毒で亡くなった。もうひとりセヴァーン伯爵の娘ヘレンが、エジプト政府から記念に贈られた発掘品の青銅のランプを手に記者の取材に応えているところに謎の男があらわれて、ヘレンはランプの呪いで姿を消すだろうと予言する。イギリスに戻ったヘレンは、友人らの目の前で、部屋に青銅ランプを置いてくると自宅の玄関から中に入ったきり忽然と姿を消してしまった。後には直前まで着ていたレインコートと青銅ランプだけが残されていた。そこへたまたま、エジプトでヘレンたちと知己を得ていたH・M卿が屋敷を訪ねてくる。

〈会員からのコメント〉
 シンプル・イズ・ビューティフルと言うべき人間消失物の秀作。この解決を「あっけない」とか「馬鹿馬鹿しい」とかいう人はもうカーとは縁の無い人かもしれない。
 文句なしに『墓場貸します』と並ぶ二大人間消失ミステリである。【谷口】
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 創元推理文庫版(後藤安彦訳)を再読。
 エジプトの遺跡から発掘されたランプを持ち帰った探検家の娘が、屋敷に帰った途端、姿が消えてしまう。屋敷の回りには雇人がいたが、誰も彼女が出てくるところを見ていなかったという、人間消失を扱った話。
 ランプには呪いがかかっていたらしいが、初期のカーだったら呪いの由来について、もう少しこってりと書いてくれたのにという、物足りなさを感じてしまった。
 その後彼女の父親も、同じような状況で消失してしまうが、こちらのトリックは覚えていなかった。今回再読して、最初の事件と呼応するような使い方で面白かった。
 屋敷の執事が重要な役回りで、H・Mと仲良くなってしまうのだが、確か後の作品で再登場していたはずなので、楽しみにしていよう。【角田】
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 初期作ほどの濃厚さはないが、一時期影を潜めていた怪奇趣味が復活しているのがこの時期の特徴だろう。それがストーリーを語る上で効果的に使われており、カーらしさを形成しているのだ。【沢田】
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 青銅ランプにかけられた呪いによって、エジプトから英国の邸宅に到着すると同時に姿を消すヒロインというシンプルで魅力的な謎が抜群。推理小説の端緒として一番魅力があろうという点で、エラリー・クイーンと意見が合ったという冒頭のクイーンへの献辞も頷ける。それに比べて解決は…という気がしないでもないし、苦しい言い訳で写真写りが悪いってのもどうかと思うが、王子と乞食的なドタバタ喜劇の趣向もあって面白い。第1、第2の消失の関係性、そして第1章の存在が目眩しになっていて、密かに絡んでいた別の犯罪の隠し方も巧い。HMが「お主は」云々を連発する長谷川修二の訳に最初は違和感を感じたが、段々とこれはこれでありに思えてきた。【青雪】
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 創元推理文庫を再読。
 1940年代のカーの作品は怪奇趣味を排したシンプルな設定が多いのだが、エジプトから持ち帰った青銅ランプの呪で考古学者の娘が姿を消すという久しぶりのオカルト風味。しかも、エラリー・クイーンに捧げる献辞では、カーがクイーンと推理小説について語り合った思い出や、人間消失の謎の引き合いにジェームズ・フィリモア氏とその傘(ホームズの語られざる事件!)について述べられていて、推理小説ファンの心をくすぐる。
 人間消失のトリックは単純で驚くほどのものではないのだが、ある人物がこのトリックを成立させるために果たす役割がぬけぬけとした感じがして面白く、カーの作品によくあるファースとはまた違ったユーモアを醸し出している。
 今回のH・M卿のお笑いポイントは、自作のスクラップブックを見せびらかしたがるところ。アメリカ旅行の記念写真を自慢げに披露するのだが、フェル博士も『剣の八』で同じことをしていたような……。
『青銅ランプの呪』の次に読んだミステリマガジン11月号のカー特集に、カーが17歳の頃に書いた短編「運命の銃弾」が掲載されていた。この短編に登場する女性の名前がジュリア・マンスフィールドで『青銅ランプの呪』の登場人物と同名。登場人物名だけでなく、トリックも同じものを使っているのだが、使い方が全く違う。カーのデビュー前と円熟期、それぞれのトリックの使い方の違いが味わえるので、読み比べるのも一興だ。【奥村】
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 ヘンリ・メリヴェール卿もの十六作目の長編。テキストは創元推理文庫、後藤安彦訳。
エジプトの遺跡発掘から帰国したヘレン・ローリングは、自邸の玄関に入り、そのまま姿を消してしまった。その後には彼女のレインコートと持ち主が消失するという呪のかかった青銅ランプが遺されていた。
 本書でカーが人間消失の謎に挑んだのは、巻末の戸川安宣氏の解説によれば、カーとエラリー・クイーンが夜を徹して議論をして、ミステリの発端として人間消失が最も魅力的だと両者の意見が一致したことによるらしい。
 ヘレンは、屋敷に足を踏み入れており、その後抜け出したわけでもない。屋敷には秘密の通路も隠し部屋もない、ということが捜査の結果判明する。また、ヘレンが殺害されて、遺体が隠されている可能性も否定される。そこまで条件が限定されれば、読者の頭の中には、これしかないのでは? という選択肢が浮かぶが、作中での捜査はその方向に向かわない。作中人物にとって、ヘレンは「見えない人」となっていたのである(もちろんH・M卿は別である)。
 真相が判明すると、カーがヘレンを「深窓の令嬢」ではなく、遺跡発掘を手伝うなど、野外活動を行う活発な女性に設定したのは消失トリックに現実味を持たせる深謀遠慮であったのだと気づかされるのである。【廣澤】
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次回blog掲載は「青ひげの花嫁/別れた妻たち」です。
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September 30, 2024

Carr Graphic 40th(blog-20) 爬虫類館の殺人/爬虫館殺人事件/彼が蛇を殺すはずはない / He Wouldn't Kill Patience(1944)


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HeWouldnotKillPatience


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〈あらすじ〉
 戦火が迫るロンドンで、ロイヤル・アルバート動物園のベントン園長は、本格的な爆撃がはじまる前に動物を市内から郊外へ移すべきであるという当局の方針に心を痛めていた。すべての動物を移せるわけにはいかず、名物の爬虫類館の動物たちは殺処分せざるをえないのではないか、それは爬虫類学を志すベントンには耐えられないことだった。H・M卿が、生きた毒蛇から薬用に毒を抽出する方法を見学しにベントンの屋敷を訪れた夜、ついに空襲警報が鳴り、爆撃機の爆音が空に鳴り響いた。そこでH・M卿らは、ドアや窓の隙間が内側から目張りされた密室の中でガス中毒死するベントンを見つける。これは覚悟の自殺なのか。しかし部屋の中ではベントンが手に入れたばかりの蛇〈ペイシェンス〉も同様に死んでいたのだ。蛇を愛する彼がペイシェンスを殺すはずはない……。

〈会員からのコメント〉
 H・M卿物の15作目の長編。テキストは創元推理文庫『爬虫類館の殺人』(中村能三訳)。
 動物園の園長エドワード・ベントンがガス中毒死した。娘のルイズは室内で蛇が一緒に死んでいたことから、動物を愛した父はそんなことはしないと他殺を主張するが、その前に扉や窓が目張りされた密室が立ちはだかる。
本書は再読で、目張りの構成方法は記憶に残っていたので、重要な役割を担うものが、結構早い場面で登場(本書だと38頁)するのには驚いた。その後も所々で顔を出すので、その場面ごとに、ほくそ笑んでいる作者の顔が想像されてしまうのである。
 小説の舞台は第二次世界大戦下、しばしば空襲に見舞われるロンドンで、そうした時代背景がトリックの目くらましに役立っている。
目張りの密室は、親交があったクレイトン・ロースンと競作したもので、ロースンは「この世の外から」という短編を書いた。読み比べてみるのも一興であろう。
 本書の原題は「彼がペイシェンスを殺すはずがない」というもの。ペイシェンスとは室内で死んでいた蛇の名前。蛇を鸚鵡に変えたのが大山誠一郎の短編「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」である。カーが生み出したH・M卿と並び称されるギデオン・フェル博士が目張りの密室の謎に挑んだら、という設定のパスティーシュである。この短編でフェル博士は〈青ひげ〉を想起させる男と対決するのだが、それも「H・Mは『青ひげの花嫁』で〈青ひげ〉と対決したのに、フェル博士はそうではない」ことを大山が残念に思ったためである。
 大山の短編は『本格ミステリ03』(講談社ノベルス)等の選集に収録されているので、こちらも読んでみて欲しい。【廣澤】
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 ポケミス版(村崎敏郎訳)を再読。
 僕の大好きな密室トリックなのだが、ここでは、カーを発表順に読んできて気付いたことを書く。
 本編の主人公ケアリ・クイントはH・Mを崇拝していて、卿の解決した事件に言及して本人を喜ばせる場面がある。ケアリが挙げた順に並べると、『仮面荘の怪事件』、『読者よ欺かるるなかれ』、『赤後家の殺人』、『かくして殺人へ』、『ユダの窓』、『五つの箱の死』、『殺人者と恐喝者』となる。
 それでは、他の事件はなぜ挙げられなかったのかを妄想してみた。
 まず、『一角獣の殺人』と『九人と死で十人だ』は国外の事件なので、英国では報道されなかった。『黒死荘の殺人』と『パンチとジュディ』は、犯人や共犯者がアレなので、警察がうやむやにした。で、分からないのが『修道院の殺人』と『孔雀の羽根』で、前者などは女優殺しということで、大々的に報道されたはずなのに。
 そしてこの作品の読み処はトリックだけでなく、冒頭で大トカゲに追われたり、ラストでは毒蛇の群れに囲まれて大見えを切る、H・Mの最高のパフォーマンスを楽しめるのだ。【角田】
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 クレイトン・ロースンの短編『この世の外から』も内側から目張りされた密室内の殺人だが、解決は全く異なる。どちらの解決も甲乙つけがたい。
 第二次大戦中、空襲下のロンドンという状況すらも、密室の構成と解明の手掛かりに使ってしまうという根性。ミステリ作家の鑑といえよう。【沢田】
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 創元推理文庫を三読目。
 窓とドアが室内から目張りされた密室のトリックは推理クイズ本のせいで読む前から知っていたが、戦争体験に基づいてこのトリックを考案したカーのミステリ精神を熱く語る瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』を高校時代に読んで、怪奇趣味や密室にとどまらないカーの魅力に気付いた。
 実際、爬虫類館という不気味な舞台にもかかわらず怪奇趣味はないのだが、代々いがみ合う奇術師の家系に生まれて喧嘩しながらもひかれあう男女のロマンスに、空襲のさなかクライマックスを迎える解決シーンのサスペンスと、カーのストーリーテラーとしての力量を堪能できる。さらに、大トカゲに追いかけられ両膝を高くはねあげながら爆走して逃げるH・Mという、カー作品でも一二を争う爆笑シーンを楽しめるのだ。
 トリック、ロマンス、サスペンス、ユーモアというカーの魅力てんこ盛りの作品なのに、残念なことに現在品切れ中だ。ぜひ新訳で刊行してほしい。【奥村】
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 これはクレイトン・ロースンの考えたトリックにカーが挑戦したものだが、「本当は目張りされていないのに、されていたように見せかける」ロースンの奇術的トリックに対し、「外側から目張りする」方法を考えたカーの物理的(機械的か?)トリックの、どちらに軍配が上がるかなのだが、まあ引き分け(痛み分け)だろう。
 H・Mの疾走も序盤の読みどころ。
 そして真犯人に関するかなり大胆な伏線がある。「その部分」を読んで「え?」と思えたら、すぐに犯人が分かるのである。そして犯人に自白させるH・Mのやり方も凄い。まさに「正義のためには手段を選ばず」なのだ。【谷口】
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 瀬戸川猛資の名著『夜明けの睡魔』で、第二次世界大戦の最中に異次元のトリック郷を夢想していたカーの姿勢が激賞された作品。自分も瀬戸川猛資に煽られた口だが、よく推理パズルで取り上げられる例の密室トリックは、目張りテープの端面まできっちり貼られるのか疑問。とはいえ、自動人形のファティマの圧縮空気と対になるトリックという設定には感心。代々の確執を抱えて罵倒し合う男女二人の奇術師が恋仲になるカーお得意のパターンも微笑ましいし、憎々しげな犯人像とハッタリをかますH・Mとの対決場面も盛り上がる。【青雪】
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次回blog掲載は「青銅ランプの呪」です。
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July 31, 2024

Carr Graphic 38th(blog-19) 仮面荘の怪事件/メッキの神像 / The Gilded Man(1942)


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The Gilded Man


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〈あらすじ〉
 ある有名女優が、私演用の舞台まで設えた屋敷〈仮面荘〉。その女優の死後、家主は富豪スタンホープに移り、彼の自慢の名画コレクションが屋敷を飾っていた。ある晩のこと、大きな物音に驚いて屋敷の住人がかけつけると、マスクを被った名画狙いの泥棒らしき男が刺されて瀕死の状態で倒れていた。マスクを剥ぐと、倒れていたのは家主スタンホープだった! なぜ彼は泥棒のような振舞いをしたのか? そして彼を刺したのは誰なのか? ある事情から屋敷に客を装って滞在していた刑事ニックは、H・M卿に協力を仰ぐ。

〈会員からのコメント〉
 東京創元社の厚木淳訳を再読。その前はポケミスで、『メッキの神像』という題名だった。
 ご存じの方も多いと思うが、この作品はトリック、シチュエーション共にカーのある短編と全く同じである。僕はその短編の方を先に読んでいたので、本作にはかなりがっかりして、何だよ、短編を焼き直すなんてカーも焼きが回ったな、と思ってしまった。
 ところが今回改めて発表年を確認すると、本作の方が短編よりも早かったことが分かったので、思い込みは良くない。
 それにしても、「フーダニットの達人」にしては、この作品での犯人の隠し方は雑である。こいつしかいないじゃないか、という人物が犯人なのには、逆にびっくりしてしまう。【角田】
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 不可能犯罪ではないがカーらしい不可解な状況の犯罪であるものの、先に短編集で「軽率だった夜盗」を読んでいた人にとっては「えーっ!」と叫んでしまう状況かもしれない。あんまりだな。
 本筋とは関係ないのだが、H・Mが奇術を披露する場面はファンにとっては読みどころだろう。観客の婆さんにタネをばらされて、どんな仕返しをしたかは終演後に子供の言葉で明らかになる。この辺りの「笑いを取る手際」は上手い。
 ただ、私としては最後で被害者を殺さなくても良かったのではないかと思う。あれは余計だったのではないか。ハッピーエンドにしてほしかった。【谷口】
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 村崎敏郎訳のポケミス版を再読。
 富豪の家に押し入った泥棒がナイフで刺されて発見されたが、泥棒の正体は富豪自身だった。富豪は実際的な実業家のため冗談で自分の家に泥棒に入るような人間ではないし、家にある貴重な絵には保険をかけていないので保険金詐欺をたくらんだわけでもない。富豪は瀕死の重体で事情徴収もできない。富豪はどうして泥棒の格好をして自分の家に押し入ろうとしたのかという魅力的なホワイダニット。
 篠田真由美さんと森咲郭公鳥さんによる『探検!「髑髏城」』を読むため三読目の『髑髏城』に挑んだ直後に読んだため、『髑髏城』のおどろおどろしさと『メッキの神像』のシンプルな設定でコミカルな展開との激しいギャップに、同じ作家によるミステリかと驚いた。手品師に扮したH・Mの頭の上に映画のスクリーンが落ちてくる場面は、『8時だョ!全員集合』のドリフのコントみたいで面白すぎる。【奥村】
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 原型の短編「軽率だった夜盗」(1940)では同じシチュエーションを使っているのだが、探偵役はフェル博士である。なぜ探偵役をH・Mに替えたのか? 本作で最初にH・Mが登場する場面をやりたかったからに間違いないだろう。フェル博士ではどうも違和感があるのだ。【沢田】
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 もとになった短編「軽率だった夜盗」を知らなければ、かなり面白かったのでは? という気がしないでもないが、読者の疑惑を逸らそうとしたのか、犯人の職業設定が短編とまるで違うのが涙ぐましい。本筋ではないが、エル・グレコの絵についてスラリと答えたH・Mが「推理ですか?それとも誰かに教えられたのですか?」と問われた回答に笑った。また、それぞれの人物が最後に台詞を吐くパラグラフをリレーしていく、まるでクリスティのような文章技術で綴られた、カーらしからぬ三人称多視点の15章にも驚いた。【青雪】
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 テキストは創元推理文庫(厚木淳訳)。ヘンリ・メリヴェール卿物の十三作目である。
不審な物音を聞きつけて〈仮面荘〉の面々が駆けつけると、夜盗と思しき男が瀕死の状態で倒れていた。その正体は屋敷の主ドワイト・スタナップであった。彼は、保険金狙いの狂言を企てたのか?(しかし、絵画に保険はかかっていなかった)。彼を傷つけたのは一体何者か? 不可能犯罪ではないもののホワットダニットで悩ませる「怪事件」と呼ぶに相応しい謎に「常軌を逸した問題については専門家」(一一九頁)のH・M卿が挑む。
 本作は、ほぼこの謎一本で物語が進んでいく。そうしたシンプルな構成は、本作がフェル博士物の短編「軽率だった夜盗」を長編化したという出自によるためだろう。原型の短編は『カー短編全集2 妖魔の森の家』(創元推理文庫)に収録されているので読み比べてみるとカーが、短編を長編に再構成した手法が読み取れて非常に興味深い。
 全く余談だが『カー短編全集2』では、巻末に収録された中島河太郎の解説が印象深かった。解説の冒頭で、中島はE・S・ガードナーの逝去に言及しているのだが、その内容が「その作品には一通りの興味しかもたないものの、やはり長年読み続けた作者との永訣はさびしい」というもので、追悼の意を表しつつも、批評家としての評価を忘れない中島河太郎の姿勢には感服した。【廣澤】
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July 30, 2024

SRアワード授賞特別例会のお知らせ(ゲスト、青崎有吾氏 他)

 首題の件、「地雷グリコ」がSRの会「2023年国内ミステリベスト1」、
「ガラスの橋」が同「2023年に海外ミステリベスト1」に輝いたことを受け、
「地雷グリコ」作者の青崎有吾氏と「ガラスの橋」出版社の扶桑社のご担当をお招きして、8月25日(日)に東京都内でアワード授賞特別例会を行うこととなりました。

★開催要領
日時: 8月25日(日)13時30分〜16時30分
場所:東京都内 ※詳細はお問い合わせいただいた方にご連絡します

SR会員以外の方のご参加も受け付けております。
お問い合わせは下記までお願いいたします。

h.satake1704★gmail.com (★を@に変換してください)
担当:佐竹

※SR会員の方はその旨もお書き添えください。

dardano_sataque at 20:16|Permalinkclip!

May 31, 2024

Carr Graphic 36th(blog-18) 猫と鼠の殺人/嘲るものの座 / Death Turns the Tables / The Seat of the Scornful(1941)


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Death_Turns_the_Tables


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〈あらすじ〉
「猫が鼠をいたぶるよう」に犯罪者に厳しくあたるアイアトン判事に、娘のコニーが婚約の報告をしてきたことがすべての始まりだった。娘が連れてきた青年モレルはナイトクラブを手掛けているという軽薄そうな男で、判事は男の過去の事件もつかみ金目当てなのだろうと、手切れ金を渡して追い払おうと考えた。その取り引きが行われるはずの晩、判事の屋敷からの助けを求める通話を電話交換手が聞く。関係者が駆け付けるとモレルが頭を撃たれて死んでいた。死体の傍らには、拳銃を手にうなだれる判事の姿があった。
 フェル博士はアイアトン判事と旧知の仲で、チェスをしながら判事が「仮に罪を犯すとするならば……」という話をしたばかりだった。どう見ても事件の第一容疑者となった判事は、なぜそのときの話とはかけ離れた状況に置かれているのか?

〈会員からのコメント〉
 これは一種の不可能犯罪である。だが密室でも人間消失でも足跡の無い殺人でもない。そもそも犯人が仕掛けたトリックではない。不可能を可能にしたのは被害者である。しかも被害者ご本人はそんな自覚は無かったのだ。こんな作品、カー以外に書けるか? 否、書けない。そもそもカー以外にここんな発想は出来ないのである。クイーンやクリスティーにこんな真似は出来ない。したくても出来ないし、したいとも思わないだろう。
 つまり、この作品は典型的な「ジョン・ディクスン・カーの世界」である。【谷口】
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 創元推理文庫を再読。
 殺人事件の現場にいたのが容疑者一人という設定は『ユダの窓』に似ているが、謎の焦点は「正義を冷徹に執行する判事が殺人を犯したのか?」というもので、不可能興味や怪奇趣味は廃している。人間の性格に起因する謎に男女のメロドラマを絡めて、この時期のカーらしいすっきりした展開だ。
 しかし、意外性を狙った真相は強引すぎて、これまたカーらしい失敗作と言えるだろう。【奥村】
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 新訳(といってももう四十年も前の訳だが)を読み直して、以前(七十年前の訳)の印象が一新された作品。こんなにすっきりとした面白い話だっけ? 二組のロマンスの進行もカーらしいし、解決編の真犯人とフェル博士との対決も素晴らしいぞ。【沢田】
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 東京創元社の厚木淳訳を再読。その前はポケミスで、『嘲るものの座』という題名だった。こちらは原題のままのようだが、主人公の判事そのままのようで良いと思う。
 この作品は、訳者は後書きでカーのベスト10に入れても良いと言っているが、再読した中では一番落ちると思う。死体がある部屋に落ちていた砂の謎など、面白いとは思うがいかんせんトリックが、長編を支えるには弱すぎる。中盤過ぎでのプールの場面など、ページ稼ぎの引き延ばしのように見えてしまう。
 あと、最後の真相に至る伏線も不十分で、ほとんどフェル博士の直観のみのようだ。
 この作品からカーに入る人もあまりいないと思うが、やはり30年代の作品から入るのが吉だろう。【角田】
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 傲岸不遜な判事のキャラクターが大変感じ悪いが、娘の教育には失敗したのではなかろうか? そしてまた、モレルやフレッドに対する見立てが完全に間違っているところも恥ずかしい。要するに本人的には切れ者のつもりだが、すっとこどっこい。カーは嫌な性格の登場人物を描くのが上手である。被害者の行動はありえないようでいて、ごく稀な“本当にあったウソのような話”的な現実味もある。犯罪実話みたいなものがネタ元か? にしてもチューインガムの使い方が凄すぎる。あと、結局ブラック・ジェフという浮浪者はどうなったのか?【青雪】
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 ギディオン・フェル博士物の14作目の長編。自分が読んだテキストは創元推理文庫『猫と鼠の殺人』(厚木淳訳)。原題は“DEATH TURNS THE TABLE”で巻末の厚木淳のあとがきでは「死は形勢を逆転する」という意味。厳格に被告を断罪する高等法院の判事が、殺人事件の容疑者になる、という立場の逆転劇に相応しい題名だが、あえて別の訳題をつけている。
 判事のバンガローから、助けを求める通報があり、警官が急行すると、判事の娘の婚約者の青年が書斎の電話の傍らで頭を撃たれて死んでいた。その傍らには凶器の銃を手にして、茫然と椅子に腰を下ろしている判事がいた。
 どう考えても判事しか犯人がいない状況だが、フェル博士は意外な犯人を指摘する。予想外の逆転劇が楽しめる、長編である。【廣澤】
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May 13, 2024

2023年SRの会ミステリーベスト10

SRマンスリー 453号で発表になりました、2023年のベスト投票結果は
下記の通りです。★453号は5/11に発送しております。

※SRの会では、前年1月から12月に刊行されたミステリを
対象として、毎年2月末前後に、会員による投票を実施しています。
10点満点の平均点方式で、同点の場合は得票数の多い方が
順位が上になります。

【追記】マンスリー発刊後、国内・評論部門ベスト投票にて
集計の不備があったことがわかりました。お詫びして訂正いたします。
正式にはマンスリー次号にてご確認をお願いいたします。2024/05/17


国内部門】 投票数47(8票以上有効)

1位 地雷グリコ  青崎有吾(22票、8.14点)
地雷グリコ (角川書店単行本)


2位 木挽町のあだ討ち  永井紗耶子(15票、7.60点)
木挽町のあだ討ち


3位 エレファントヘッド  白井智之(27票、7.37点)
エレファントヘッド (角川書店単行本)


4位 エフェクトラ  霞 流一(13票、7.31点)
エフェクトラ――紅門福助最厄の事件 (本格ミステリー・ワールド・スペシャル)


5位 可燃物  米澤穂信(31票、7.29点)
可燃物 (文春e-book)


6位 虚構推理短編集 岩永琴子の密室 城平 京(16票、7.25点)
虚構推理短編集 岩永琴子の密室 (講談社タイガ)


7位 あなたが誰かを殺した  東野圭吾(22票、7.09点)
あなたが誰かを殺した


8位 大雑把かつあやふやな怪盗の予告状 倉知 淳(21票、7.05点)
大雑把かつあやふやな怪盗の予告状: 警察庁特殊例外事案専従捜査課事件ファイル (一般書)



9位 やさしい共犯、無欲な泥棒  光原百合(12票、7.000点)
やさしい共犯、無欲な泥棒 珠玉短篇集 (文春文庫 み 34-3)


10位 好きです、死んでください  中村あき(10票、7.000点)
好きです、死んでください


次 アリアドネの声  井上真偽(20票、6.95点)
アリアドネの声 (幻冬舎単行本)



翻訳部門】 投票数48(8票以上有効)

1位 ガラスの橋  R.アーサー(37票、7.54点)
ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集 (海外文庫)


2位 禁じられた館  M.エルヴェール&E.ヴィル(36票、7.47点)
禁じられた館 (扶桑社BOOKSミステリー)


3位 怒れる老婦人たち  L.ブルース(8票、7.38点)
怒れる老婦人たち




4位 グレイラットの殺人 M.W.クレイヴン(18票、7.28点)
グレイラットの殺人 ワシントン・ポー (ハヤカワ・ミステリ文庫)


5位 ナイフをひねれば  A.ホロヴィッツ (33票、7.18点)
ナイフをひねれば ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ (創元推理文庫)


6位 アリス連続殺人  G.マルティネス (14票、7.14点)
アリス連続殺人 (扶桑社BOOKSミステリー)


7位 恐るべき太陽  M.ビュッシ (18票、7.11点)
恐るべき太陽 (集英社文庫)


8位 メグレとマジェスティック・ホテルの地階 
           G.シムノン(14票、7.071点)
メグレとマジェスティック・ホテルの地階〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 HM 16-5)


9位 死の10パーセント F.ブラウン(15票、7.067点)
死の10パーセント: フレドリック・ブラウン短編傑作選 (創元推理文庫)


10位 処刑台広場の女  M.エドワーズ(24票、7.04点)
処刑台広場の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)


次 愛の終わりは家庭から  C.ワトソン(13票、7.00点)
愛の終わりは家庭から (論創海外ミステリ 298)



評論書・周辺書部門 投票数38(6票以上有効)

1位 ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション
       川出正樹(15票、8.27点)
ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション: 戦後翻訳ミステリ叢書探訪 (キイ・ライブラリー)


2位 江戸川乱歩年譜集成  中 相作編(7票、8.14点)
江戸川乱歩年譜集成




3位 ミステリ映像の最前線  千街晶之(8票、7.25点)
ミステリ映像の最前線 原作と映像の交叉光線


4位 密室ミステリガイド  飯城勇三(19票、7.11点)
密室ミステリガイド (星海社 e-SHINSHO)


5位 本格ミステリ・エターナル300 探偵小説研究会編・著(8票、6.88点)
本格ミステリ・エターナル300



SRの会

sr5520070318 at 12:28|Permalinkclip!年間ベスト発表 

March 31, 2024

Carr Graphic 34th(blog-17) 連続自殺事件 / The Case of the Constant Suicides (1941)


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TheCaseoftheConstantSuicides


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〈あらすじ〉
 若くして歴史学の教授となったアラン・キャンベルは、キャンベル一族の親族会議に呼び出されて、はじめてスコットランドの地を訪れる。車中で新聞の論敵と鉢合わせる騒ぎがありつつも、ロッホ・ファイン近くの一族の居城シャイラ城に向かった。城には先祖が塔の最上階の部屋から投身した曰く因縁があり、亡くなった先の当主アンガスも、密室状況の同じ部屋から投身したのだ。事件が自殺か他殺かで遺産相続がもめていて、そのための会議なのだという。そして事態を収拾するために犯罪捜査の専門家が招かれてもいた。ギデオン・フェル博士だ。

〈会員からのコメント〉
 テキストは創元推理文庫。三角和代の手になる新訳版。題名も『連続殺人事件』から原題The Case of the Constant Suicidesに忠実な現在のものに変更された。ギデオン・フェル博士物の十三作目である。
 スコットランドの古城の塔から老人が転落死した。部屋は施錠されていたが、老人には自殺をしない理由があった。その死は自殺か他殺か? 事件の鍵を握るのはベッドの下に残された、空のスーツケースであった。
 老人は生命保険に加入していた。その保険金額は莫大なものだった。自殺だと保険金が支払われないため(これが老人は自殺をしない説の有力な根拠となる)、自殺かどうかが焦点となり、フェル博士が招請された。
 スーツケースの中身は、筆者はかつて学年誌でネタばらしをされたが、トリックが分かっていても犯人の尻尾は捕まえられなかった。このあたり犯人の隠し方がカーは実にうまい。
 舞台がスコットランドということで、登場人物らは時折ご当地言葉を口にする。筆者には相槌の言葉の「ほいな」が妙に印象づいた。独特な言い回しをどう日本語化するかは翻訳者が頭を悩ませるところだろう。同時期に読んだ『殺人者と恐喝者』では脇役の医師の口調を長谷川修二は関西弁で訳し、高沢治はべらんめぇ口調にしていたことを思い起こした。
 話がそれたが、本作でもフェル博士は犯人を見逃す。それは老人の一族には最善の選択なのだが、今回の場合は詐欺の片棒を担いだようでもあり、ちょっと釈然としなかった。【廣澤】
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 創元推理文庫の旧版は『連続殺人事件』という味もそっけもない題名に変えられていた。どうも読者(本を買ってくれる人)に分かり易いようにという意図だったみたいだが、ミステリ的な題名を妙に即物的なものにしてしまったセンスの悪さはどうしようもない。
 それはそれとして、物語冒頭の二人の馴れ初めはカーらしい。ドタバタ喜劇の要素も強く、あの赤新聞の記者はどうなったのかと思う。カーの作品でここまでの「いじられ役」は他にいただろうか?
 事件は一種の密室物と言って良いのだが、それが前面に打ち出されないのは「連続自殺事件」だからだろうか。一応「幽霊」も出て来るけど。それでも、内側から鍵のかかった部屋の窓から飛び降りたというのは、カーが晩年に追求した「謎の墜落死」のテーマに通じるのかもしれない。
 主要登場人物が少ないので犯人の意外性は低い。勘の良い人なら「もうこいつしかないやろ」と思ったかも。
 しかし、それでも良いのである。この作品でもカーは自分の世界を描き切っているのだから。【谷口】
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 東京創元社の三角和代訳を再読。
 何冊かぶりに、カーがトリックで勝負したような作品。顔半分ふっとんだ幽霊も出てきて(あまり怖くないが)嬉しくなる。
 前半の、誰も近寄れない高塔からの連続飛び降り事件と、後半の密閉されたコテージでの首吊り事件とで、両方とも自殺にしか見えないのだが、なぜか旧訳は『連続殺人事件』というタイトルになっていた。
 前半のトリックは、カーがやらかしたということで有名になったが、作品の中で納得できれば良いと思う(僕は面白いと思った)。後半の密室トリックはシンプルだが、初読時にかなり感心した記憶がある。【角田】
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 三角和代の新訳で再読。
 初読時の印象はトリックしか記憶に残っていなかったが、カーの魅力が全て詰まった秀作ではないか。
 スコットランドの湖畔の古城という舞台設定、塔の最上階にある鍵のかかった部屋からの転落死という不可能性、事件後に顔が半分吹き飛ばされたハイランドの衣装姿の人物が目撃されるという怪奇性、論敵同士の男女の学者が衝突を繰り返すラブコメ、戦時色を色濃く反映したトリック、酒を飲んでのドタバタ騒ぎ(脳天が吹き飛ぶような密造ウイスキー<キャンベル家の破滅>を飲んでみたい!)、そして意外な犯人。
 これらの要素を含んだストーリーが、この時期のカーらしいすっきりしたテンポで展開していくのだ。しかし、トリックの説明が科学的に正確でないため、傑作になり損ねているのがカーらしい。【奥村】
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 初期の頃のグルーサムな雰囲気とは異なり、軽快なロマンスが実に楽しい。〈キャンベル家の破滅〉も飲んでみたいものだ。
 本書にも「シャイラ城の怪事件」という学習雑誌付録のリライト版がある。【沢田】
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 その昔、中学生の頃に読んだ時のタイトルは『連続殺人事件』。あまりにもありふれた箸にも棒にもかからない題名だし、アイザック・アシモフがカーの勘違いであるとメイントリックを否定したこともあって、何だかなあという印象だったが、再読してみるとドタバタ喜劇としてかなり面白い。犯人が幽霊を擬装する動機もからかい半分だし、痛飲して迎えた朝の後悔は、まるっきり映画『ハングオーバー!』。また、ミステリの文脈には全く寄与しない主人公男女の歴史解釈合戦に、その後の歴史小説家としてのカーのこだわりが見えるのも興味深い。【青雪】
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次回blog掲載は「猫と鼠の殺人/嘲るものの座」です。
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January 31, 2024

Carr Graphic 32nd(blog-16) 幽霊屋敷/震えない男 / The Man Who Could Not Shudder (1940)


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TheManWhoCouldNotShudder


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〈あらすじ〉
 エセックス州にあるロングウッド一族が暮らしてきた屋敷が売りに出された。ここには幽霊屋敷の噂がたっていて、ある当主の幽霊が目撃されていたり、老執事が奇怪な死を遂げていたり、最近でも家具が勝手に動いて騒ぎになったという。この屋敷を買った資産家の男が、知人を集めて幽霊パーティを開催するのだと言い出した。そして屋敷で環視状況の射殺事件が起きてしまう。被害者の妻が一部始終を目撃していて、拳銃が空を飛んで夫を撃ったのだと証言した……。

〈会員からのコメント〉
 過去に起きた執事の死亡事件の真相以外はほぼ忘れていたので初読のように楽しめた。しかし、フェル博士はそのほうが正義にかなうとはいえ、真相を闇に葬るのが好きだなあと感心してしまう。某有名作の最後の台詞「未解決」は真似した日本作家もいる。他にも、犯人を罠にかけるのに成功していながら「失敗したと言っておこう」と言って証拠を隠滅してしまうのがあるし。
 何はともあれ、創元推理文庫版の題名は『幽霊屋敷』だが、「幽霊」がそう前面に出てくるわけではないので原題の『震えない男』のほうが良いと思う。
「震えない」というのは元になる昔話も言及されているが、本作では登場人物の1人の「物怖じしない冷徹さ」といった意味で使われている。しかし、その登場人物も戦争だけは怖いようなのだが、物語の締め括りはカーによる強烈な皮肉である。昔話の「震えない男」が最後はどうして「震えた」かを覚えておこう。【谷口】
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 東京創元社の三角和代訳を再読。初読はポケミスで、『震えない男』というタイトルになっていた(原題はこちら)。創元社の旧版は、古本屋で書影すら見たこともない。
 トリックは初読時に非常に印象に残っていたし、犯人と、ある人物との関係が明らかになる手がかりも、結構覚えていた(カーの別作品でも使われていたと思う)。
 今回改めて気になったのは、マーティン・クラークという敵役の造型の素晴しさだった。彼とフェル博士&エリオット警部が対決する終盤は、カー作品でも屈指の名場面ではないかと感動した。
 エリオット警部も、フェル博士の相棒として存分に個性を発揮しているが、この事件の発生が『緑のカプセルの謎』より前というのは、すっかり忘れていた。【角田】
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 20年ほど前に村上敏郎訳のポケミス版で読んでいたが、今年4月に刊行された三角和代訳の創元推理文庫版で再読。
 この時期のカーの作品では怪奇趣味は抑えられていたが、本作では怪異現象が起こる幽霊屋敷を舞台に、壁にかかった銃が勝手にジャンプして被害者を撃つという不可解な事件が起きる。しかし、おどろおどろらしさは前面に出さず、複雑な男女の人間関係を軸に話を進めるところが、この時期のカーらしい作品だ。
 トリックは無茶すぎるし、解決で明かされるある容疑者の行動は心理的に不自然だし、本格ミステリとしては問題があるのだが、カー史上最も派手と思われるクライマックスに、面白ければ細かいことはどうでもいいと思った時点で、カーの魔術にかかっているのである。
 あと、原書には現場の見取り図があるようなので、訳書にも載せてほしかった。【奥村】
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 この頃のカーの作品は、初期作のように怪奇性を強調せず、謎をシンプルに提示することで不可能性を際立たせている。『幽霊屋敷』を題材にしているだけに、いくらでも強調しようとすればできる筈なのだが……。【沢田】
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 40年代カーは、シンプルな謎と事件を最後に鮮やかに解決するのが特徴と考えるが、本作もその一つではないか。
 本作の舞台となる幽霊屋敷も、黒死荘のようなおどろおどろしさはなく、現代風(当時)の殺人部屋、殺人装置の存在がメインとなって謎解きは進んでいくし、登場人物も少ないことから恋愛関係を背景とした人間模様の読み解きが解決の鍵と思われた。
 端的に言ってしまうと、犯人像は明確すぎるので、単調な進行に苦痛を感じないわけではなかった。
 この本の真骨頂は、機械トリックでも、意外な犯人でもなく、終盤の意外すぎる展開にあるだろう。
 なお、本書は『曲がった蝶番』のラストを想起させ、ちょっとニヤリとする。
 『幽霊屋敷』は、僕がカーを知った頃の創元推理文庫では絶版になっており、なんで復刊しないのか疑問に思っていた。途中で創元社がつぶれたからかなとも思ったが、本書と同年にハヤカワから『震えない男』が出ていたのも関係があるのだろうか。
 版権に絡むいきさつがあるのなら知りたいところでもある。
 新訳版の解説では、代表作でないとか大傑作でないとかしきりに本書が傑作ではないと力説しているが、こういう作品を高く評価しにくいという風潮があるとしたら、そこは変えてほしいと思います。【黒澤】
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 文字通りの物理トリックはさておき、二転三転する真犯人像が非常に面白い。道義的にはプロバビリティの犯罪を狙った、もしくはあやつりを行った人物が犯人と言っていいが、鉄壁のアリバイがあり…となったところから2年後に明かされる人を食った真相に唖然。さらに危険を避けたがゆえに皮肉な勧善懲悪もなされて読後感も良い。【青雪】
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 テキストは創元推理文庫。三角和代訳。1959年に創元推理文庫から小林完太郎訳で刊行されたものの新訳版だ。ギデオン・フェル博士物の12作目である。なお、本書は1959年に原題に忠実な『震えない男』の訳題でハヤカワ・ポケット・ミステリから刊行されている(訳者は村崎敏郎)。
 エセックス州にある幽霊屋敷の異名を持つ屋敷ロングウッド・ハウスで、空中に浮かんだ拳銃が火を吹いて被害者を射殺するという殺人事件が発生する。
 その飛び切りの不可能状況の解決策は、実に大がかりなトリックなのだが××(伏せ字)の力がどのように作用して、引金がひかれたのか理解ができないため図解が欲しいところである(また、固定されていない状態で狙い通りに射撃できるのか気になるところだ)。
 こうした幽霊の仕業としか思えない殺人事件に加え、80歳を超えた老執事がシャンデリアからぶら下がって、身体を揺らしているうちに、シャンデリアが落ちて、その下敷きになって死亡した、という謎めいたエピソードも幽霊屋敷の不気味な雰囲気を盛り上げる。
 登場人物の中では、屋敷の持ち主であるマーティン・クラークが印象的だ。「わたしはどんな●●● 危ない真似もしない」とうそぶく場面は小憎らしく、それだけに、それを受けたラストのフェル博士の台詞が効果的なのである。【廣澤】
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November 30, 2023

Carr Graphic 30th(blog-15) 読者よ欺かるるなかれ / The Reader is Warned (1939)


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〈あらすじ〉
『五つの箱の死』事件で活躍したジョン・サーンダーズ博士は、友人の弁護士からあるパーティに招かれた。女流作家のマイナ・コンスタブルが、読心術師を名乗る男ペニイクを見出して、彼の能力を皆で体感するのだという。パーティではペニイクがサーンダーズの思考を言い当てたうえに、会を快く思わないマイナの夫サムに対しては、今晩八時までには死ぬだろうと不気味な予言をした。そして八時、本当にサムはサーンダーズたちの眼前で息絶えてしまう! 捜査をはじめたマスターズ警部らに、ペニイクは自らの霊的能力・テレフォースによる遠隔殺人なのだと不敵に告げた……。


〈会員からのコメント〉
 テキストはハヤカワ・ミステリ文庫。宇野利泰訳。1958年にポケミスで刊行されたものが、44年の時を経て2002年に文庫化されたものである。解説は泡坂妻夫。「名人カー」と題した一文は、奇術師でもあった泡坂なればこその名解説である。
 女流作家マイナ・コンスタブルに招かれた読心術師のペニイクは、マイナの夫サムの死を予言する。そして、予言された時刻にサムは落命し、その死因は解剖をしても不明であった……という、不可能興味に満ちた謎にヘンリー・メリヴェール卿が挑む。
 ペニイクは、自分がテレフォースで殺害したと宣言するが、証拠がないために逮捕はできない。「一体どう結末をつけるの?」という状況をカーは見事に料理してしまうのだ。
 テレフォースによる連続殺人は、英国中に騒動を巻き起こす。そうした騒動が、実はH・M卿がある深謀遠慮をもって巻き起こしたものだったという裏事情には、戦時下という時代の影響を感じた。
 ちなみに、本書は初読だったのだが、最初の被害者の死にざま(手摺に体を預けて痙攣する)に既視感があった。記憶をたどると、どうやら子供の頃に読んだクイズ本で、このトリックに出会っていたようだ。
 ところで、今回の原稿を書くにあたり、ポケミスも宇野利泰訳なのかを確認しようと思って「ミステリマガジン」の2023年11月号巻末の「ハヤカワ・ミステリ総解説目録」を参照した。そこで本書の内容紹介を読んで驚いた。「1番死にそうもなかった大の男が、ペニイクの予言どおり、時刻もまさに正8時に、背中にナイフを突き立てられて死んでいたのだ」(太字は筆者による)この内容紹介を読んだ当時の読者は、「ほんまに『読者よ欺かるるなかれ』やな」と思ったことでしょう。【廣澤】
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 読心術者による予言&遠隔殺人というオカルト趣味に満ちた不可能犯罪物だが、おどろおどろらしさはなく名探偵対超能力者物として楽しめた。
 ところどころ差し挟まれるサーンダーズ博士による警告や、B級怪奇SF映画っぽい煽りでテレフォース殺人を報道する新聞記事など、カーの筆致もノリに乗っている。
 強烈な不可能興味に引っ張られて読んでいたが、解決を読んで本作の意外な趣向に驚くこととなった。【奥村】
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 ポケミスの宇野利泰訳を再読。
 一番の読み処は、死因不明のトリックなのだろうが、初読時には犯人の正体にびっくりした記憶がある。
 読み直してみると、これだけ少ない容疑者の中から、犯人を隠すために、作者はあの手この手を使っているのが伺えた。例えば、主人公を『五つの箱の死』に登場したサーンダーズ博士にしたことも効いているし、H・Mのある発言も目晦ましになっている。
 そして、ラストのH・Mの言う警句は、SNSのフェイク動画やデマに振り回される現代にこそ刺さる気がする。【角田】
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 念力による遠隔殺人という一種の不可能犯罪物だが、それに動機の謎も絡む。H・Mの予測が外れて安全なはずの人物が殺されてしまうという展開もユニークだ。
 謎が解けてみると答はずーっと読者の目の前にあったことが分かる。まさに「読者よ欺かるるなかれ」なのだな。
 題名の直訳は「読者は警告されている」で、これは作中に「原註」として三回出て来るジョン・サンダースによるコメントの「決め台詞」のようなもの。これは後年の『九つの答』にも通じる趣向だろう。【谷口】
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 ところどころに挿入される、作者から読者への注意喚起が、本格探偵小説作家としての腕の見せ所である。本書では、まだ恐る恐るという感じだが、この趣向は、後年、『九つの答』となって結実する。【沢田】
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 タイトルのインパクトが強烈で、カーの中でいちばん好きかも。おどろおどろしく因縁めいたオカルト趣味ではなく、怪しげな読心術師による超能力=思念放射(テレフォース)の殺人というテーマも泥臭くないし、当時の最先端メディアであるラジオを演出に使うのもモダン。あと、女性作家のネタ帳的なものはカーも作っている筈で、創作の一端が見えるのも興味深い。犯人がべらべら真相を語りだすクライマックスはどうかと思うが、デュマを引き合いに出してペニイクのコンプレックスを語るところは説得力がある。また、犯人の独白だけでは犯行方法が明らかにならず、H・Mの独壇場となる最終章の最後の最後を、人々が不確かな情報やトンデモ科学に踊らされることへの教訓で〆るあたり、全くもって現代に通じているのでは。【青雪】
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次回blog掲載は「幽霊屋敷/震えない男」です。
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September 30, 2023

Carr Graphic 28th(blog-14) エレヴェーター殺人事件 / Drop to His Death (1939)


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DropToHisDeath


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〈あらすじ〉
 警察医グラスは、久しぶりに連絡をよこしてきた知人レスターをたずねて、彼が〈探偵小説部〉部長を勤めるタラント出版社のビルへおもむく。出版社では社内で起きた盗難事件が話題で、ワンマン社長のアーネスト・タラント卿がホーンビーム首席警部に捜査を依頼したのだと息巻いていた。そのタラント卿がエレヴェーターで階下に向かおうとしたとき、銃声が聞こえる。グラスが慌ててエレヴェーターを追って階段を駆け下りると、一階で目にしたのは、密室のエレヴェーター内で射殺されたタラント卿だった。もちろん犯人の姿は無く……。

〈会員からのコメント〉
 共作とはいえ、実際にはほとんどカーが書いたようだが、ホレイショ・グラス医師とデイヴィッド・ホーンビーム警部の二人による推理合戦の部分にロードの影響が感じられる。そのあたりを見極めるためにも、ジョン・ロード作品の紹介がもっと進んでほしいぞ。【沢田】
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 昭和時代の初読以来の再読だが、記憶していたよりも面白かった。
 機械トリックだと分かっているのに誰もそれを仕掛けることが出来ないというのは秀逸ではないか。しかしまあ、大したトリックでもないのかもしれない。
 全体としては定石通りのオーソドックスな本格物で、最後まで安心して読めた。人によっては「小粒だ」と言うかもしれないが、近年流行りの特殊設定物に食傷気味の身としては何かこう、読んでホッとするものを感じたのである。
 合作の分担はカーがトリックを出してロードが書いたのか、その逆かは翻訳で読んだので分からない。原書ではどうなのかな。トリックやプロットは二人で相談して決められても、実際に小説を書いたのはどちらか一人のはずなのだが、このあたりは、どなたか原書で読んだ人のご意見を待つことにする。【谷口】
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 ポケミスの中桐雅夫訳を読了。
 カーの中でも、数少ない文庫化されていない作品で、世評はあまり高くないかもしれないが、かなりのお気に入りである。
 エレヴェーター内での密室殺人に対して、四つの多重解決が提示される。最後に示されるのが真相なのだが、それ以前の解答もかなり奇抜なもので、むしろそちらが本命でもよいくらいだった。
 そして何と言っても、探偵役のホーンビーム主席警部とグラス医師のキャラの作り込みが半端ではない。グラス医師は、ある事件で十六通りの解決を示してホーンビームを発狂させそうになったそうだ。無論、本作でも真相以外の三つの解決は、グラスが推理している。
 この二人、僅か一作だけでの活躍は本当に勿体ないので、誰かオマージュを書いてくれないだろうか。【角田】
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 この作品は、ロードとの合作だが、メイントリックをカーがロードに相談したということらしい。カーのほうが後輩だし、ほとんどカーが書いたみたいだったので、第二作はでなかったのか。正直、エレベータのトリックよりも探偵役を務める警察医と主席警部のやり取りが面白い。特に推理をこじらせて常に間違えてきた警察医グラスは一冊で消すのはもったいない。
 なお、今年出たトム・ミードの「死と奇術師」は1930年代オマージュのミステリだが、エレベータの密室トリックを扱っている。この作品を意識したのか、この年代に電動式エレベータが普及したのか。動く密室は魅力的ではあるものね。【黒澤】
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 被害者以外に誰も乗っていないエレヴェーターで起きた射殺事件。訳文の古さもあって、読みやすくはないが、機械的トリックとそれを隠す心理的トリックの組合せの妙に感心。犯人のさりげない一言が動機を示唆していたという種明かしも面白い。あと、エレヴェーターの速度を算出する場面で、探偵役が吐く数学に対する呪詛は笑える(いつでも数学ときたら、同じ線路の上で、二台の列車を衝突させたり、あわれな男が水桶に水を汲み入れている一方、別の男にそれを汲み出させている)が、小学生レベルの算数がわからないことを露呈する探偵役ってのも前代未聞では?【青雪】
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 衆人環視のエレヴェーター内で起こった姿なき殺人者による射殺事件。怪奇趣味はなくシンプルな不可能状況の設定。犯行現場は出版社の社屋、事件関係者も出版社の社員ばかりということもあり、全般的に都会的な雰囲気。ジョン・ロードとの合作のためか、カーらしいあくの強さがない。
 探偵役を務めるホーンビーム主席警部と警察医のグラスのコンビが面白い。証拠重視のホーンビームに対し、いくつもの仮説を次々と考えつくグラス。どちらが名探偵でどちらがワトソンなのか。本筋の謎よりも、こちらの謎が気になったくらいだ。二人がエレヴェーターに閉じ込められて危機一髪の状況になったときの、二人の丁々発止の掛け合いがスリリングかつユーモラスで、この二人が活躍する作品をもっと読みたいと思った。【奥村】
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