January 31, 2023

Carr Graphic 20th(blog-10) 四つの凶器 / The Four False Weapons(1937)


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FourFalseWeapons


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〈あらすじ〉
 ロンドンの若手弁護士カーティスは、結婚を控える若き富豪ダグラスが愛人との関係を清算したいという依頼をうけて、彼が愛人を囲っていたパリの別宅に向かう。しかしその別宅でダグラスと共に、彼の愛人ローズが寝室で死んでいるのを発見することに。死体の周囲には、剃刀・拳銃・睡眠薬・短剣と、凶器となりうる四つの物証が見つかった……。かつての予審判事、今は一線を退いたアンリ・バンコランが、この不可解な状況に素人探偵として首をつっこむ。

〈会員からのコメント〉
 これはバンコラン物にしては文章に精彩を欠く。やはり「渋い」謎の物語はバンコランには合わないようだ。原書で読んでも翻訳で読んでも同じだった。やはりバンコランが活躍するならもっとオカルト的でなければ駄目だろう。
 カーがこれを書いた動機だが、ひょっとしたらファンから「バンコランはどうしたのですか」と訊かれたのではあるまいか。カーさん、ファンを大事にする人だったからそれに応えて書いたのが『四つの凶器』だと、私は想像している。
 内容に関しては他の人たちが言ってくれるだろうから、ここでは今回創元推理文庫で再読して気づいたことを記しておく。
 まず、80頁でバンコランは「漆黒のあごひげ」と書いてあるが、カバーの絵は白である。
 236頁に出て来るロカール博士はリンカーン・ライム物でも出て来る有名人ではないか。カーはディーヴァーに先駆けていたのだ!【谷口】
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 バンコランは引退したものだと、再読するまで思い込んでいたのだが、本作では捜査側の責任者を引き受けている。フランスの警察制度が柔軟なことの表れなのだろうか。
 チェスタトンの『三つの凶器』では、初めから真の凶器がブラウン神父の口から語られた上で、余分に凶器が見つかるのだが、本作では、真の凶器は最後まで明かされない。オマージュというべきだろう。【沢田】
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 東京創元社版(和爾桃子訳)を再読。
 カーは、しばらく実験的な作品を続けて書いてきたが、この作品辺りから、ガチガチの本格ミステリに戻ってきたようである。探偵役にバンコランを起用したのも、俺は原点に返るぞという決意表明かもしれない。
 殺人現場には、ピストル、カミソリ、睡眠薬、ナイフと色々な凶器が残されていたが、真の凶器は何か?というのが一番の主題。そして中盤、バンコランが凶器の正体を暴く場面は、カーの作品中でも屈指の名場面で、覚えていたのに背筋がゾクゾクしてしまった。
 ラストで、博打の勝敗を確認するため、関係者たちがトランプの札をめくるのだが、ここでバンコランが一瞬沈んだ顔をするのは、もちろん過去のあの勝負を思い出したためだよね。【角田】
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 新訳で約三十年ぶりの再読。
 無精ひげを生やして「かかし」呼ばわりされるバンコランの変貌ぶりに驚く。
 書名どおりの多すぎる凶器の謎よりも、消えたシャンパンボトルの謎の方が魅力的だった。【奥村】
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 テキストは創元推理文庫の新訳版(和爾桃子・訳)。
 アンリ・バンコランの第五作にして最後の事件。バンコランは予審判事を退いており、助手役はお馴染みのジェフ・マールではなく、英国人の青年弁護士リチャード・カーティスが務める。
 高級娼婦ローズ・クロネツが死んだ。現場には、四つの凶器(拳銃、剃刀、箱入りの錠剤、短剣)が残されていたが、彼女に死をもたらしたのは何か……という謎は魅力的で、殺人事件は一つしかないのだが、読者を惹き込んでいく。
『夜歩く』に始まる前四作で伊達男ぶりを見せていたバンコランが、身なりに構わない、かかしを思わせる風貌で登場するのが新鮮だ。
 本書では、利用をやめた別宅が電気等も通じて使えるようになっている、という不思議な状況が出てくるが、同じ年に発表された『孔雀の羽根』でも空き家に家具が運び込まれて、という趣向が登場する。同じような設定で、別の謎解きを創り上げるカーの腕前には唸らされる。
 本書の解説は、真田啓介。本書を語る前にバンコランが登場する四作品のあらましを振り返ってくれているのは親切である。【廣澤】
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『四つの凶器』。原題が“Four False Weapons”とあるように、犯行現場に残されたそれらが『四つの偽の凶器』であり、本当の凶器は偶然の賜物だったという意表を突いたトリック。『白い僧院の殺人』を思わす被害者女性の妖婦っぷりもいいが、それと対照的に意識せずに男をたぶらかす若い女性の存在も面白い。そして犯人サイドも対になっており、互いを補完し合うアリバイトリックも秀逸。目撃することがアリバイになるという趣向は、後年の『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』に連なっているように思う。私見ではバンコランの風貌はエドガー・アラン・ポーのそれを思わせるのだが、筆名“オーギュスト・デュパン”なる新聞記者が登場するのも楽しい。そしてバンコラン最後の事件として、犯人とのカードゲームが『蠟人形館の殺人』、賭博場の女主人が『髑髏城』を彷彿とさせるのも微笑ましい。【青雪】
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次回blog掲載は「第三の銃弾」です。
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