January 31, 2023

Carr Graphic 20th(blog-10) 四つの凶器 / The Four False Weapons(1937)


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FourFalseWeapons


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〈あらすじ〉
 ロンドンの若手弁護士カーティスは、結婚を控える若き富豪ダグラスが愛人との関係を清算したいという依頼をうけて、彼が愛人を囲っていたパリの別宅に向かう。しかしその別宅でダグラスと共に、彼の愛人ローズが寝室で死んでいるのを発見することに。死体の周囲には、剃刀・拳銃・睡眠薬・短剣と、凶器となりうる四つの物証が見つかった……。かつての予審判事、今は一線を退いたアンリ・バンコランが、この不可解な状況に素人探偵として首をつっこむ。

〈会員からのコメント〉
 これはバンコラン物にしては文章に精彩を欠く。やはり「渋い」謎の物語はバンコランには合わないようだ。原書で読んでも翻訳で読んでも同じだった。やはりバンコランが活躍するならもっとオカルト的でなければ駄目だろう。
 カーがこれを書いた動機だが、ひょっとしたらファンから「バンコランはどうしたのですか」と訊かれたのではあるまいか。カーさん、ファンを大事にする人だったからそれに応えて書いたのが『四つの凶器』だと、私は想像している。
 内容に関しては他の人たちが言ってくれるだろうから、ここでは今回創元推理文庫で再読して気づいたことを記しておく。
 まず、80頁でバンコランは「漆黒のあごひげ」と書いてあるが、カバーの絵は白である。
 236頁に出て来るロカール博士はリンカーン・ライム物でも出て来る有名人ではないか。カーはディーヴァーに先駆けていたのだ!【谷口】
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 バンコランは引退したものだと、再読するまで思い込んでいたのだが、本作では捜査側の責任者を引き受けている。フランスの警察制度が柔軟なことの表れなのだろうか。
 チェスタトンの『三つの凶器』では、初めから真の凶器がブラウン神父の口から語られた上で、余分に凶器が見つかるのだが、本作では、真の凶器は最後まで明かされない。オマージュというべきだろう。【沢田】
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 東京創元社版(和爾桃子訳)を再読。
 カーは、しばらく実験的な作品を続けて書いてきたが、この作品辺りから、ガチガチの本格ミステリに戻ってきたようである。探偵役にバンコランを起用したのも、俺は原点に返るぞという決意表明かもしれない。
 殺人現場には、ピストル、カミソリ、睡眠薬、ナイフと色々な凶器が残されていたが、真の凶器は何か?というのが一番の主題。そして中盤、バンコランが凶器の正体を暴く場面は、カーの作品中でも屈指の名場面で、覚えていたのに背筋がゾクゾクしてしまった。
 ラストで、博打の勝敗を確認するため、関係者たちがトランプの札をめくるのだが、ここでバンコランが一瞬沈んだ顔をするのは、もちろん過去のあの勝負を思い出したためだよね。【角田】
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 新訳で約三十年ぶりの再読。
 無精ひげを生やして「かかし」呼ばわりされるバンコランの変貌ぶりに驚く。
 書名どおりの多すぎる凶器の謎よりも、消えたシャンパンボトルの謎の方が魅力的だった。【奥村】
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 テキストは創元推理文庫の新訳版(和爾桃子・訳)。
 アンリ・バンコランの第五作にして最後の事件。バンコランは予審判事を退いており、助手役はお馴染みのジェフ・マールではなく、英国人の青年弁護士リチャード・カーティスが務める。
 高級娼婦ローズ・クロネツが死んだ。現場には、四つの凶器(拳銃、剃刀、箱入りの錠剤、短剣)が残されていたが、彼女に死をもたらしたのは何か……という謎は魅力的で、殺人事件は一つしかないのだが、読者を惹き込んでいく。
『夜歩く』に始まる前四作で伊達男ぶりを見せていたバンコランが、身なりに構わない、かかしを思わせる風貌で登場するのが新鮮だ。
 本書では、利用をやめた別宅が電気等も通じて使えるようになっている、という不思議な状況が出てくるが、同じ年に発表された『孔雀の羽根』でも空き家に家具が運び込まれて、という趣向が登場する。同じような設定で、別の謎解きを創り上げるカーの腕前には唸らされる。
 本書の解説は、真田啓介。本書を語る前にバンコランが登場する四作品のあらましを振り返ってくれているのは親切である。【廣澤】
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『四つの凶器』。原題が“Four False Weapons”とあるように、犯行現場に残されたそれらが『四つの偽の凶器』であり、本当の凶器は偶然の賜物だったという意表を突いたトリック。『白い僧院の殺人』を思わす被害者女性の妖婦っぷりもいいが、それと対照的に意識せずに男をたぶらかす若い女性の存在も面白い。そして犯人サイドも対になっており、互いを補完し合うアリバイトリックも秀逸。目撃することがアリバイになるという趣向は、後年の『皇帝の嗅ぎ煙草入れ』に連なっているように思う。私見ではバンコランの風貌はエドガー・アラン・ポーのそれを思わせるのだが、筆名“オーギュスト・デュパン”なる新聞記者が登場するのも楽しい。そしてバンコラン最後の事件として、犯人とのカードゲームが『蠟人形館の殺人』、賭博場の女主人が『髑髏城』を彷彿とさせるのも微笑ましい。【青雪】
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次回blog掲載は「第三の銃弾」です。
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November 30, 2022

Carr Graphic 18th(blog-9) パンチとジュディ / The Magic Lantern Murders(1936) (aka The Punch and Judy Murders)


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The Magic Lantern Murders

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〈あらすじ〉
 H・M卿から突然の呼び出しを受けたケン・ブレイクは、イヴリンとの結婚式を翌日に控えた忙しい身を割いて、ある元スパイの屋敷への潜入捜査へ向かうことになった。情報部への協力を申し出てきた真意を探れというのだ。ところが潜入早々に毒殺死体を見つけてしまう。そして足止めを食うわけにはいかないと警官たちの前から姿をくらましたことで、追われる立場に。はたしてケンは無事にイヴリンと式を挙げることができるのか……?

〈会員からのコメント〉
 滑り出しは冒険物のようだが終盤は本格物になり、最後にはしっかりとオチが付く。
 ウッドハウス風のユーモアで包まれた作品なのだが、日本語訳では笑いにくいかもしれない。【谷口】
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 ポケミスの村崎敏郎訳を読了。早川ミステリ文庫で新訳が出ていたのは知らなかった。
 『一角獣の殺人』、『アラビアン・ナイトの殺人』と続いた、カーのファットダニット三部作もようやく終わる。こういうのに気付くのも、年代順に読む醍醐味だろう。
 現場の奇怪な状況や、ほぼ同じような状況で出現した第二の死体の謎は、中盤の早い段階であっさり底を割ってしまい、後はやや退屈な訊問続きになってしまうのが残念。
 それにしてもカー作品の事件は、概ね解決までの時間が短いのだが、本作はデッドラインが最初から決まっているという最も厳しい状況だった。【角田】
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 結婚式を翌日に控えたケン・ブレイクが無理やりに引き受けさせられたH・Mの依頼は、初めはそれほど難しいとは思えなかった。ところが想定外の事態が次々に起こり、何が起こっているのかさっぱりわからないことに。ケンと婚約者のイヴリンは間に合うのか?
 カー初心者に勧める本ではないが、読み返すとカーが何をやりたかったのかよくわかる。【沢田】
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 新訳で約30年ぶりの再読だが、初読時の記憶が全くない。凡作だったのかと恐る恐る読み始めると、これが意外と面白かった。
 前半は、H・M卿物前作『一角獣殺人事件』同様、語り手のケン・ブレイクが警察に追い回されて窮地に陥るところがドタバタ調でコミカルに描かれる。嵐の古城という閉鎖空間でドタバタが繰り広げられるのでどこかゴタゴタしている『一角獣』と比べると、イギリス南部の各地を次々と移動する本書は、テンポがよく物語が進んで面白い。『三十九階段』や映画『007/ロシアより愛をこめて』を連想した。カーはイギリス冒険活劇の系譜にも連なるのだ。【奥村】
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『一角獣の殺人』の続編と言っていい、ケン・ブレイク大活躍のスパイアクション? 逃亡先での疑いの目という危機また危機をくぐり抜けるケン。遠隔地での同趣向のダブル毒殺の怪奇性は余り強調されないが、各人が推理を紙に書いて提出のくだりはテストみたいで面白いし、それがそのまま予想外の犯人(の◯◯)につながる仕掛けもナイス。とはいえ、H・Mが2人も殺した犯人に取った行動は理解し難い。だが、それより何より、ロマンチックコメディの最適解のような最後のオチに仰け反った。【青雪】
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 テキストはハヤカワミステリ文庫の新訳版(白須清美・訳)。
 H・M卿が探偵役を務め、ケンウッド(ケン)・ブレイクが脇を固める。
 H・M物の前作『一角獣殺人事件』で出会ったケンとイヴリン・チェインは本書で結婚することになる。こういった物語の継続性を楽しめるのが、発表順に読む際の楽しさだ。
 イヴリンとの結婚式の前日、ケンはH・Mから元ドイツスパイのホウゲナウア老人の屋敷への潜入を命じられる。その後、ケンは様々なドタバタ劇に巻き込まれるのだが、結末に至って一連の騒動には事件の真相につながる意味があったことに気づかされる。スパイ、ギャング、偽札、催眠術というガジェットには時代を感じてしまうが、笑劇に紛れ込ませた伏線の回収の見事さは、現代の視点からしても古びてはいない。
 終盤にH・M卿が推理合戦を提唱して、ケンやイヴリンが推理を披露するくだりは楽しく、回答をチャーターズ大佐に読み上げさせる、という趣向も非常に興味深いのである。【廣澤】
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次回blog掲載は「四つの凶器」です。
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October 06, 2022

米澤穂信氏 SRアワード授賞特別例会のお知らせ

『黒牢城』がSRの会「2021年国内ミステリ部門ベスト1」に
輝いたことを受け、作者の米澤穂信氏をお招きして、
SRアワード授賞特別例会を行います。
下記をご参照の上、皆様ぜひご参加ください。

トロフィー贈呈式、インタビュー、質疑応答、サイン会を
予定しています。なお、インタビューや質疑応答では
『黒牢城』の内容に触れますのでご承知おきください。

★開催要領
日時:10月22日(土) 13時30分〜16時30分
場所:都内 ※詳細はお申込みいただいた方にご連絡します
参加費:SR会員の方:1,000円、
  会員外の方:当日ご入会扱いにて、
       SRの会 年会費をお願い致します。
       (追加の参加費用は発生致しません)
申込締め切り:10/15(土)


★お問い合わせ・参加希望の方は、担当の佐竹裕之氏
h.satake1704★gmail.com (★を@に変換してください)
宛に、メールでのご連絡をお願いいたします。
※SR会員の方はその旨もお書き添えください。

sr5520070318 at 16:10|Permalinkclip!お知らせ 

September 30, 2022

Carr Graphic 16th(blog-8) 一角獣の殺人 / The Unicorn Murders (1935)


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UnicornMurder

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〈あらすじ〉
 パリで休暇を楽しんでいた元諜報部員のケン・ブレイクは、かつて同僚だった美女イヴリン・チェインから声をかけられた。謎の「ライオンと一角獣が王位を狙って闘った……」という合言葉に調子をあわせているうちに、現役だと勘違いされたままイヴリンの任務に付き合うことになる。彼女の任務は希少な〈一角獣〉の警護で、すでに当代随一の怪盗・フラマンドが予告状をつきつけてきていた。H・Mとも久々に再会し、嵐の古城にその任務のために向かった三人は、額を一角獣の角で貫かれたような死体の謎に遭遇する……!

〈会員からのコメント〉
 国書刊行会の世界探偵小説全集第4巻を再読。
 嵐のために孤立した古城を舞台にH・M対怪盗対覆面名探偵というぜいたくな趣向。クローズドサークルと化した古城で殺人事件が起こるが、現場には怪盗だけでなく正体を現さない名探偵が紛れ込んでいるので、犯人探しに探偵探しの推理もややこしく、頭の中がこんがらがる。
 終盤、語り手のケン・ブレイクが窮地に陥るがシリアスにはならず、ドタバタ調になるところがカーらしい。
 今回も意外な犯人にこだわっているが、全体的にゴタゴタしていて、カーの作品としては一段落ちる。「一角獣」の正体も拍子抜けだし。『三つの棺』に続けて本書を読んだので、カーの作品の傑作とそうでない作品の落差を痛感した。【奥村】
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 手元にあった、アブリッジ版のジュヴナイル「一角獣の恐怖」を読む。高橋豊によるもので、全体で、80枚くらいはありそうだから、1/5くらいに圧縮されているのだろうか。
 H・Mに誘われて戦時中に諜報部員を務めた青年が、終戦後にフランスを訪問した際、偶然の邂逅から怪盗フラマンドを追うH・Mと再会し、フランス警視庁の警部とフラマンドの対決に巻き込まれて――というストーリーらしい。
 前半は、冒険小説めいた展開ではあるもののミステリ的には比較的淡々としていて……。青年から旅券を奪ったのは誰だったのか、という謎があった筈なのに、特に追及される訳でもない。
 後半は、狹腓両覘瓩涼罎乃きた怪事件が描かれる。わざわざ見取り図は載せて、密室状況を謳うのだが、探偵役が二人いるせいもあってか、それぞれの思惑が絡み合って、なかなか推理が進まない。うーむ、と思っていたら、ラストで〇〇が犯人でした、とは明かされるのだが、肝心の謎は一つとして解かれず、H・Mが犯人が特定できた理由も全く触れられない。そもそも、何故一角獣を兇器にしたのかも書いていない――。か、かなしい。ジュヴナイルのアブリッジって、こんな感じだったのだろうか??
 作品世界の雰囲気は魅力的なのに、ミステリとしての読み物になっていないのは、あんまりだと思った。――けど、確かに島の立地を含めて、舞台(城)を描くのは楽しい作品ではあったかも知れない、とだけは思った。こんなに圧縮しているのに、見取り図だけはカットされなかったくらいだし。【戸田】
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 これは世評に上ることは無いのかもしれないが、怪奇趣味、ドタバタ喜劇、ユーモアといったカーの要素を十分に盛り込んだ作品である。
 トリックは「そんな〜」と言う人がいるかもしれないけれど、それがジョン・ディクスン・カーの世界なのである。【谷口】
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 テキストは、国書刊行会の世界探偵小説全集第4巻(田中潤司訳)。
 怪盗フラマンドとパリ警視庁のガストン・ガスケの対決に不可解な殺人事件が絡む。その謎に挑むのはH・M卿。
 目に見えない凶器に貫かれたかのように階段から転落する被害者。その死骸は、目と目の間を刺し貫かれていた。まるで、一角獣が角を振るったように……という不可能設定は満点なのだが、凶器が特殊すぎるのは減点要素かな。
 あと、気になった点がひとつ。テキストの116頁ですが、ケンウッド・ブレイクとイヴリン・チェインがエルザの夫を語る場面です。
「三度目の御主人って(中略)酒飲みで賭け事もするし毒口も叩くし……」
「それが悪いのかい?」
「ええ、そういったことが嫌いな女性もいるわ」
 今の視点からすると違和感を覚えてしまいますね。【廣澤】
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 幾重にも錯綜した事件をすっきりさせた解決篇を読み終わった後で気になったのは、果たしてケンウッド・ブレイクはパスポートを無事取り戻せたのだろうか、という点だった。【沢田】
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 同じくケン・ブレイクが登場する『黒死荘の殺人』とは打って変わって怪奇趣味が激減。代わりに怪盗フラマンドとそれを追うパリの覆面警部ガスケ、英国諜報部員ドラモンドの3者が正体を明かさずに登場。単純に3者が別人の顔を纏っている訳ではなく、AはBのふりをしながらCだと告白したり、それとはまた別人がCだと明かされたりするのでややこしい。さらに作者のミスリードに嵌ると、怪盗フラマンドの正体はまず分からない。あまつさえケンがフラマンドと疑われるくだりもハラハラドキドキイライラ。一角獣に突かれたと思しき傷跡を死体に残す凶器は、そんなものかとも思うが、実物を知りたいものである。衆目注視の中、◯◯を落とすというカーお得意のトリックもご愛敬。しかし、登場する英国諜報部員がH・Mを除くと全員ややお間抜けなのはどうしたものか。【青雪】
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 創元推理文庫の田中潤司訳を読了。
 初読は東京創元社の、ディクスン・カー作品集だったが、高校生には荷の重い作品だった。
 まずは、特異な凶器が明かされた後も、具体的にどのようなものかさっぱり分からなかった。そして、これについては、改めてネットで検索したのだが、該当品は出てこない。もはや欧州でも使われていないのだろうか。
 それに、階段での不可能犯罪のトリックも、難しすぎて分からなかったし、怪盗フラマンドの正体を指摘するH・Mの推理も何かすっきりしなかった。
 今回再読しても、河川敷に飛行機が不時着したり、古城を舞台に怪盗対名探偵が繰り広げられたり、かなり浮世離れした作品だった。【角田】
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次回blog掲載は「パンチとジュディ」です。
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July 29, 2022

Carr Graphic 14th(blog-7) 死時計 / Death-Watch (1935)


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Death-Watch

※事件発生の夜バージョン
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Death-Watch

※現場検証の朝バージョン
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〈あらすじ〉
「時計師の仕事場に泥棒が忍び込み、時計の針を盗み取る。ほかにはなにも盗られたものはないし、手も触れられていない。盗られたのは、とりたてて値打ちのない時計の針だけだ……」フェル博士が友人のメルスン教授との観劇のあと、宿へ向かって夜道を歩いていると、時計師カーヴァーの屋敷に警官が乗り込もうとしているところに出くわす。屋敷には男の死体が転がり、傍にピストルを持った男がたたずんでいた。しかし殺しはピストルによるものではなく、時計の針盗難事件と意外なつながりを見せた……!

〈会員からのコメント〉
 創元推理文庫版(吉田誠一訳)を読了。
 初読はやはり創元推理文庫の宮西豊逸訳で、中学の時に読みたいと話していたら、同級生がくれたもの。当時入手難の作品だったため、とても嬉しかった。
 カーは真犯人を隠すために、あの手この手を使ってくるが、この作品では心理面と物理面での隠蔽方法を繰り出してきて、かなり意外だった記憶がある。
 今回の再読では、犯人もトリックも大体覚えていたのだが、デパートの切り裂き女についてはすっかり忘れていて、新鮮に驚くことができた。【角田】
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 創元推理文庫で再読。内容を全く覚えていなかったので、怪しさとスリルに満ちた扉の内容紹介を読んで期待に胸が高鳴ったのだが…。
 ストーリーにあまり起伏がなく、盛り上がりに欠ける。『死時計』という凄みのあるタイトルの割には、凶器としての時計の針や髑髏時計の扱いが淡白で物足りない。
 犯人の動機はかなり迂遠なもので、「そんなアホな」と思うか、「なんと異様な動機なんだ」と思うか、人によって評価は分かれるだろう。
 カーをほぼ発表順に読んできたが、この作品からいろいろ無茶が目立ってきたような気がする。本編よりも、扉の内容紹介の方が面白かった。【奥村】
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 被害者は時計の長針で刺し殺されており、凶器の針は短針と共に盗まれていたものだった。
 この設定はカーならではのものだろう。真相をじっくりと考えると疑問点も出で来るのだが、まあそれはカーの「剛腕」ということで容認しようと思ってしまう。【谷口】
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『死の時計』(喜多孝良訳/ハヤカワポケミス)で読みました。
 フェル博士物の第5作。完全犯罪を語り合う二人の男。天窓からその様子をうかがう青年。彼らの前に、首筋を刺された男がよろめき入ってきた! 読了すると不可能興味が強い作品と分かるのですが、それが読者に伝わらない点が残念。女性の登場人物が、並行して捜査されるデパートの万引き事件の容疑者候補としてしか機能していない点も勿体なく思います。なお、本書には、デパートの宝飾品売場で万引きを働いた女性客が、捕えようとした店員をナイフで刺殺する場面がありますが、横溝正史はこれに刺激を受けて短編「黒蘭姫」(人形佐七物の「万引き娘」も同趣向の作品)を書いたのでは? と思いました。【廣澤】
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 フーダニットに注力したカー作品という触れ込みだが、アリバイはともかく心情的にはちっとも意外な犯人ではない。覆面捜査の失敗を次なる覆面捜査でリベンジする的な最後の捕物の趣向は、フェル博士よりヘンリー・メリヴェール卿モノに近いと思うが、一方で作中にバンコランの名前が出て来るところに、カー作品の小宇宙を感じる。だが、本作でもっとも驚くのは、プライドが高く他の容疑者を陥れる犯人像、あるいはそのものズバリのアリバイトリック、さらには犯人に心理的圧迫をかけて自白に追い込む探偵側の手管等、下敷きにしたのではないかと思うほど、フィリップ・マクドナルドの『鑢』と似ているということである。【青雪】
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 創元推理文庫の吉田誠一訳の裏表紙に使われている地図は、Dell Mapbookの地図のパクリだ! どこにも書いてないのはいただけない。せっかく良い作品なのに、こんなところにケチがつくとは。【沢田】
DeathWatch_PB

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次回blog掲載は「一角獣殺人事件」です。
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May 29, 2022

Carr Graphic 12th(blog-6) 白い僧院の殺人 / The White Priory Murders (1934)


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WhitePrioryMurders

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〈あらすじ〉
 その素行で世間を騒がせるハリウッド女優マーシャ・テートに毒入りチョコレートが送られ騒動になった。仕事上の流れから関わることになってしまった外交官のベネットは、義理の伯父であるH・M卿に事件について相談する。しかしその騒動も解決しないまま、ベネットは〈白い僧院〉と呼ばれる歴史ある屋敷でのテートも同席するパーティに招かれた。そして到着早々、屋敷の別館で撲殺死体が見つかったところへ出くわしてしまう。別館の周囲には雪が降り積もり、犯人のものらしき足跡が一切残っていなかった……。

〈会員からのコメント〉
 創元推理文庫版(厚木淳訳)を読了。
 この作品の前に、雪の上の足跡を扱ったミステリはあったんだろうか。そう思うほどシンプルなトリックで、真の解決の前に披露される二つの解決も、以降の足跡トリックの基本となりそうなものだった。
 このトリックを生かすのも、僕が初読時にひっくり返ったある大仕掛けで、被害者の心理からそれを明らかにするH・Mの推理は、今回も読み応えがあった。【角田】
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 珍しく既読作です。個人的にはかなり感銘を受けた作品の一つで、20冊ちょっと読んだ今でもベスト3に入れるか入れないかといったところ。
 トリックは、今となっては足跡のない殺人ものの発展がめざましく、本作自体の本歌取りの作品も書かれていることもあり、あまり驚くようなものではない気がします。少なくとも私はトリック自体にはあまり衝撃を受けませんでした。
 しかしそれゆえに犯行の夜何が起こったのかを、登場人物の心理の隘路を解きほぐすことによって明らかにできたはずだという感が強まり、私の場合はかえってH・Mの推理に感銘を受けた気がします。【春鱚】
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 カーの特徴である怪奇趣味を排し、雪密室の謎のみで勝負。有名なトリックが使われているが、それだけで終わらず読み応えたっぷりの本格ミステリに仕上げているのがさすがカーだ。ややこしい真相を巧みに配置された手掛かりから読み解き、意外な犯人を指摘するH・Mの推理は鮮やか。
 また、容疑者達がそれぞれの推理を披露するのが面白い。本書と同年(1934年)発表のカー名義『剣の八』でも、登場人物がそれぞれ自分の推理を述べていて推理合戦のようだった。『毒入りチョコレート事件』(1929年)の影響だろうか。本書の被害者が殺される前に毒入りチョコレートを送られていたのは、『毒入りチョコレート事件』へのオマージュのような気がする。【奥村】
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 H・M登場二作目にして調子が出てきた。秀逸な足跡トリックを成立させるための状況設定が丁寧。【沢田】
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「足跡の無い殺人」を扱った有名作だがトリックはシンプルで、不可能状況よりもH・Mの今回の決め台詞「マーシャ・テートはXXXXで殺されたんだぞ」の効果を狙ったのではないかとも思う。
 登場人物の2人がそれぞれの解決を述べるなど、一種の多重解決の趣向もある。H・Mはこの難事件を1日ほどで解決してしまうわけで、この内容の密度の濃さは半端ではない。ただ、第二の殺人はあまりにもあっさりし過ぎていないか。「本当に殺されたのかい」と思うぐらい扱いが軽く、これでは被害者が気の毒ではないか。
 それから、特に言っておかねばならないのは「ジョン・ディクスン・カーの恋愛の法則」がはっきりと出ていること。
「それはどんな法則か?」と思われる方に説明しておくと、「ジョン・ディクスン・カーの恋愛の法則」というのは「アメリカ人の男性とイギリス人の女性が結ばれる」というものである。カーの作品にはこのパターンがよく出てくる。何故かというと、カー自身がそうだからである。この初期の作品においてこの法則が明確に現れているのだ。【谷口】
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 例えばこれがクリスティなら、被害者である女優マーシャ・テイトの人物像描写にもっと筆を費やし、殺人前のサスペンスを盛り上げただろうが、それはカー流ではないのだろう。肝心要の雪の密室に関しては、実は密室以上にカーの十八番である◯◯の△△トリックが使われているのがミソ。ただ、密室状況を作り出すのに寄与したある人物の誤解は、いくらなんでもあり得ないレベルでちょっと苦しい。だが、不可能状況を作り出した動機についてのH・Mの講義は『三つの棺』のフェル博士に先駆けているし、H・Mが手掛ける後年の作品のネタバレがあったりもして微笑ましい。【青雪】
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次回blog掲載は「死時計」です。
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May 07, 2022

2021年SRの会ミステリーベスト10

SRマンスリー 441号で発表になりました、2021年のベスト投票結果は
下記の通りです。★441号は5/7に発送しております。

※SRの会では、前年1月から12月に刊行されたミステリを
対象として、毎年2月末前後に、会員による投票を実施しています。
10点満点の平均点方式で、同点の場合は得票数の多い方が
順位が上になります。

国内部門】 投票数54(9票以上有効)

1位 黒牢城  米澤穂信(32票、7.88点)
黒牢城 (角川書店単行本)


2位 六人の嘘つきな大学生 浅倉 秋成(25票、7.68点)
六人の嘘つきな大学生 (角川書店単行本)


3位 忌名の如き贄るもの 三津田 信三(26票、7.65点)
忌名の如き贄るもの


4位 テスカトリポカ  佐藤 究(11票、7.45点)
テスカトリポカ (角川書店単行本)


5位 同志少女よ、敵を撃て 逢坂 冬馬(13票、7.385点)
同志少女よ、敵を撃て


6位 蒼海館の殺人 阿津川辰海(34票、7.382点)
蒼海館の殺人 (講談社タイガ)


7位 花束は毒  織守きょうや(10票、7.30点)
花束は毒 (文春e-book)


8位 虚構推理短編集 岩永琴子の純真 城平京(16票、7.25点)
虚構推理短編集 岩永琴子の純真 (講談社タイガ)


9位 或るギリシア棺の謎  柄刀 一(19票、7.16点)
或るギリシア棺の謎


10位 蝶として死す 平家物語推理抄 羽生飛鳥(17票、7.12点)
蝶として死す 平家物語推理抄 (ミステリ・フロンティア)



翻訳部門】 投票数49(8票以上有効)

1位 ヨルガオ殺人事件  A.ホロヴィッツ(36票、7.89点)
ヨルガオ殺人事件 上 〈カササギ殺人事件〉シリーズ (創元推理文庫)

ヨルガオ殺人事件 下 〈カササギ殺人事件〉シリーズ (創元推理文庫)


2位 時は殺人者  M.ビュッシ(15票、7.47点)
時は殺人者 上 (集英社文庫)

時は殺人者 下 (集英社文庫)


3位 自由研究には向かない殺人 H.ジャクソン(27票、7.44点)
自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)


4位 彼と彼女の衝撃の瞬間 A.フィーニー(15票、7.40点)
彼と彼女の衝撃の瞬間 (創元推理文庫)


5位 ソーンダイク博士短篇全集 パズル・ロック 
        R.A.フリーマン (10票、7.40点)
ソーンダイク博士短篇全集: パズル・ロック (第3巻)


6位 ブラックサマーの殺人 M.W.クレイヴン(20票、7.35点)
ブラックサマーの殺人 ワシントン・ポー (ハヤカワ・ミステリ文庫)


7位 悪童たち   紫金陳 (8票、7.25点)
悪童たち 上 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

悪童たち 下 (ハヤカワ・ミステリ文庫)


8位 ネロ・ウルフの災難 外出編 R.スタウト(10票、7.20点)
ネロ・ウルフの災難 外出編 (論創海外ミステリ 268)


9位 オクトーバー・リスト J.ディーヴァー(23票、7.17点)
オクトーバー・リスト (文春文庫 テ 11-43)


10位 運命の証人  D.M.ディヴァイン(28票、7.14点)
運命の証人 (創元推理文庫 M テ)



評論書・周辺書部門】 投票数41(6票以上有効)

1位 エラリー・クイーン 創作の秘密 
        J.グッドリッチ (16票、8.41点)
エラリー・クイーン 創作の秘密: 往復書簡1947-1950年


2位 短篇ミステリの二百年 1〜6 
        編・評論:小森収 (12票、8.33点)
短編ミステリの二百年1 (創元推理文庫)


3位 二人がかりで死体をどうぞ
       瀬戸川猛資・松坂健(20票、7.80点)

二人がかりで死体をどうぞ



4位 ぼくのミステリ・コンパス 
        戸川安宣(16票、7.50点)

ぼくのミステリ・コンパス




5位 書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない
    翻訳ミステリベスト2011-2020 (6票、7.50点)
書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020



SRの会

sr5520070318 at 15:40|Permalinkclip!年間ベスト発表 

March 29, 2022

Carr Graphic 10th(blog-5) 盲目の理髪師 / The Blind Barber (1934)


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blindbarber

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〈あらすじ〉
 ニューヨークから大西洋をイギリスへ向かう豪華客船クイーン・ヴィクトリア号。この船に乗っていた作家のヘンリー・モーガンは、宝石盗難・殺人事件の容疑者が偽名で乗船しているらしいことを耳にする。はたして大時化で揺れる海の上で、盗難事件も殺人事件も起きた! イギリスに着いたモーガンが、『剣の八』で知己を得たフェル博士を訪ね、その体験談を語ると……。

〈会員からのコメント〉
 創元推理文庫版(三角和代訳)を読了。
 もやもやしたまま読み進めた。ヤバいフィルムの盗難、宝石の紛失、殺人の痕跡と死体の消失など色々な事件が起こるが、航海中の客船上なので、警察もいなければまともな探偵役も不在。酔っ払いたちのドタバタ騒ぎで物語が転がってゆき、段々と君たち、ちゃんとしてくれよと言いたくなるのだ。
 その中でも、殺人の凶器らしい剃刀が見つかり、剃刀の柄には盲目の理髪師の絵が彫ってある、という場面にはカーらしい不気味の風が吹いて、一瞬ぞわりとなる。そして、新訳版の表紙が、雰囲気満点のその剃刀のイラストで、旧版を持っていても、この表紙だけで買う価値はあると思う。【角田】
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 ギディオン・フェルが登場する長編安楽椅子探偵物だが、本筋は本格ドタバタ喜劇ミステリになっている。
 極めて細かい所だけを覚えていただけで物語の大筋は忘れていたから、まるで初読のように楽しめた。つまり、記憶してたよりも面白かったのである。
 最後の方で犯人の見当はついたのだが、別に推理したのではなく、「この設定でこの展開なら犯人はこいつしかないだろう」と思ったら、思った通りだった。
 それでも、密室と怪奇趣味だけがカーではない、ということを良く分からせてくれる作品といえよう。【谷口】
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 乱歩が「J・D・カー問答」で「カーの幾つかのファース風作品中で、最もファース味の濃いものだ」と紹介しているが、高校時代に読んでどこが笑えるのか全く理解できなかった。今回楽しく読めたのは、酒を飲んでのどんちゃん騒ぎが理解(自分でも実演)できるようになったせいか。
 また、三角和代による新訳も笑いのツボを押さえている。井上一夫訳では二章の章題が「ウォーパス伯父の無分別」だったが、三角訳では「ウォーパスおじさん、やらかす」。この章題のパターンは繰り返され、十二章「カーティス・ウォーレン、やらかす」、十九章「ジュールおじさん、やらかす」と続くので、目次を眺めてるだけで笑ってしまう。
 一方、爆笑探偵小説でありながら、本格ミステリとしても意欲的な作品となっている。まず、フェル博士が事件の経緯を聞いただけで推理する安楽椅子探偵物の趣向。さらに、幕間ではフェル博士が八つの手がかりを列挙する。事件そのものだけではなく、フェル博士が考える手掛かりは何かを推理する必要もあるのだ。ただ、フェル博士が提示する手掛かりが抽象的過ぎて、推理するのは無理なものもある。【奥村】
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 結末に向かって、ファルスのテンションが上がっていき、最後のどんちゃん騒ぎに至る。ファルスの中に埋め込まれた手がかりから一気に解決にもっていく手腕がすごい。目立つ不可能犯罪があるわけではないが、カーらしさを存分に味わえる。【沢田】
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 船上のドタバタ喜劇+安楽椅子探偵モノ。しかしフェル博士に顛末を話している体になっているのは第一章のみで、面倒臭いとばかりに以降は三人称の叙述になる割り切りが潔い。自らトラブルを招き、事態を混乱させるウォーレンが外交官とはとても信じられないが、元船長、ペギー、モーガンとの凸凹カルテットが右往左往するさまが、これでもかと続く展開は凄まじい。まぁ、笑えるというよりイライラするというのが正直な感想だが。それは殺虫剤のセールスマンの強烈なキャラクターも含めて。ミステリ的にはホワットダニットなところがカーの新基軸か。往生際の悪い犯人に対して、古い手口のすり替えが行われる幕切れは爽快。【青雪】
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次回blog掲載は「白い僧院の殺人」です。
Continue to ... : The White Priory Murders (1934)

crossgully at 22:47|Permalinkclip!Carr Graphic 

February 22, 2022

3月関東例会

3月関東例会を下記の通り、開催いたします。
今回は、年間ベストの集計と、SR大賞の選定を行います。

●3月関東例会のお知らせ

★3月例会
☆3/6(日)13時30分〜16時30分
場所:「五反田文化センター」3F 第二会議室
住所:品川区西五反田6-5-1
JR山手線「五反田」駅、徒歩15分。
東急目黒線「不動前」駅 徒歩7分。
東急池上線「大崎広小路」駅 徒歩10分。
https://shinagawa-gotanda-planetarium.com/about/
※会費:500円

★上にも書きましたが、2021年度年間ベストの集計確認とSR大賞の選定を行います(例会に参加すると年間ベストの結果をいち早く知ることができます)。
年間ベストの詳細については、マンスリー2月号をご覧ください。

★定員30名の広い会議室ですが、人数把握の関係で、必ず事前エントリーをお願いします。SRの会MLまで、ご連絡ください。

★状況によっては全面オンライン例会に切り替える可能性もあることをご承知おきください(その際は改めて告知します)。

★オンライン参加をご希望の方は、準備の都合上、
なるべく早めにお申し出をお願いします。

★例会でのオークション出品を予定されている方へ
出品予定リストを、事前にMLに流していただけますようお願いします。
その際は、タイトルに[3/6オークション出品]等と入れてください。


dardano_sataque at 19:22|Permalinkclip!関東例会案内 

January 27, 2022

Carr Graphic 8th(blog-4) 剣の八 / The Eight of Swords (1934)


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(画像をクリックすると大きく見られます)

〈あらすじ〉
 ハドリー警視が回顧録を執筆している出版社のスポンサーであるスタンディッシュ大佐が持つ別荘で、幽霊騒ぎが起きていた。宿泊者がポルターガイスト現象に遭遇し、ある者は別荘の隣家へ有名な犯罪者が向かっていくのを見たと言い張る。スタンディッシュ大佐がハドリーのもとへ相談に行こうという矢先、その隣家で密室状況の射殺事件が起きる! 死体の傍らにはタロットカード「剣の八」が落ちていた……。

〈会員からのコメント〉
 約三十年前に妹尾韶夫訳のポケミスで読んだのだが面白かったという記憶はなく、加賀山卓朗訳のハヤカワミステリ文庫を恐る恐る再読。第一章、変装学校の通信講座で教わったと言ってドイツ人の博士に変装して現れたり、アメリカ旅行の珍道中を報じた新聞記事を自慢げに見せびらかすフェル博士の悪ノリぶりに大笑いしてしまった。カーのギャグと加賀山卓朗の訳は相性がいいようだ。妹尾訳はフェル博士が丁寧な口調なので、この辺の面白さが伝わってこない。
 冒頭こそドタバタ調で登場したフェル博士だが、概要を聞いただけで事件の構図を推理し、名探偵ぶりを発揮する。しかし、それで事件が解決するわけではなく、新たな事実が判明して、探偵作家、犯罪好きの主教、刑事志望の主教の息子がそれぞれ独自の推理をする展開が楽しい。【奥村】
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 早川ミステリ文庫版(加賀山卓朗訳)を読了。
 初読はポケミスの、妹尾韶夫訳だったのだが、フェル博士の言動が他の訳書とあまりに食い違っていて、違和感を感じていた。
 ところがカーを年代順に読んでいくと、本作はフェル博士登場の僅か3作目であることに気付いた。そうすると、訳者が他の作品を未読の可能性もあり、ああした訳になるのもやむをえないのかなと思ってきた。
 もう一つ驚いたのが、名脇役のハドリー警視が、もうじきロンドン警視庁を勇退するという記述があったこと。かーは、ハドリーをあまり気に入ってなかったのだろうか。まあ、それでも本作の後も、ハドリーは出続けるのだが。【角田】
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 カーの作品なのに、不可能犯罪が出てこない。しかしながら、無類に面白い。犯人探しに特化したからだろう。つまりこれがカーのミステリ作家としての基礎力なのだ。【沢田】
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『帽子蒐集狂』と『ローマ帽子』、『剣の八』と『シャム双子』(『剣の八』とは一年違いだ)、あるいは『ハートの4』。カーとクイーンにはなんとなく並べたくなる作品が多い。
 この企画でカーを初めから読んでいって印象的に残っていることの一つは、カーがフーダニットの決め手として持ってくる手がかりの意外さである。
 今回の決め手となるロジックもそうとは言い切れんだろうと思わないこともなかったが、まさかこんなものが手がかりになるとは、こんなものからそんなことがわかるとは、そうした意外性は十二分に堪能できる。
 意外すぎて、奇妙な味わいすらそこに生じてるように思う。【大淵】
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 探偵同士がしのぎを削る推理合戦の趣向はバンコラン時代にもあったが、今回フェル博士に対抗するのは自信満々の主教に推理作家その他諸々。だが、中盤以降はフェル博士の一人勝ち状態。被害者の夕食が食べられたのはなぜか? という魅力的な謎はあるものの、ポルターガイストやタロットカードの扱いといい、意外だが唐突な犯人といい、腰砕けな感も強い。とはいえ、これまでの作品より登場人物が現代的で読みやすい。また『三つの棺』に先んじたメタ発言(これは最後の章なんだ。早くすっきりしたいのだよ)も面白い。【青雪】
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 ギデオン・フェル博士物の第3作。
  ずっと「けんのはち」と呼んでましたが、「つるぎのはち」が正しいと気づきました。
 最初に読んだのはポケミスが1600番突破した記念で、函付きで復刊された20冊中に本書があり、そこで手にとった。
 現在は、ハヤカワミステリ文庫で加賀山卓朗の新訳(と、いっても2006年刊)版があるが、あえて最初に読んだポケミス(妹尾韶夫訳)に再挑戦した。
 妹尾は、読みづらい点もあるのですが、それは時代性を考慮せざるを得ないでしょう。なにしろ、当時は海外の習俗の情報も得づらく、タロットカードを「タロクのカルタ」と訳すしかなかった時期だったのですから(今だと、タロットカードの「剣の八」で検索すれば画像やその意味合いもすぐ分かりますからね)。
 本書に関しては、いろいろ気になる点があるのですが、2点だけ。冒頭で主教が階段の手摺を滑った場面の意味は何だったの? という点と警視庁を辞める決心で回顧録を書いていたハドリーがその後も何食わぬ体で登場する点です。【廣澤】
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次回blog掲載は「盲目の理髪師」です。
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crossgully at 21:30|Permalinkclip!Carr Graphic